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『Black Box』 #MeToo
2018-01-24 Wed 21:30

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Black Box [ 伊藤 詩織 ]
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迷ったら、まずは読んでみてください。
アマゾンでのほとんどの評価と同じく、私も★五つの作品だと思います。

現在の日本における性被害者が、助けを求めるべき施設はどこか、
被害にあってしまった場合、警察でどんな取り調べを受けるのかを知ることが出来ます。

私も、もし何かあればきっと詩織さんのように、
『婦人科』『産婦人科』をまず受診してしまったと思います。

本当に驚くべきことですが、婦人科にレイプキットが置いてあることはまずないそうです。
緊急時に女性が女性として安心して診察を受けられる施設が、
まだ日本にそれほどないという事実にもショックを受けました。

性的暴行の被害を受けたときは、まず『救急外来』へ。

そういったあまり知られていない情報を知ることができるだけでも、
価値があるノンフィクションだと思います。


ネットで詩織さんのこの事件を検索すれば、真実とデマが
どちらも大量に溢れていることに気が付かれると思います。
背景に巨大な権力を利用した、悪意に満ちた言葉もあるかと思います。

私は、彼女を信じます。

著書内で語られる加害者、山口敬之氏のメールの内容一つとっても、
意識を失うほどに体調を崩していた女性に対する思いやりが、微塵も感じられないので。

文章から感じられる人間性と、嘘のない人だけが持つことのできる、
まっすぐな彼女の眼差しを信じます。

山口氏の汚らわしい言葉の使い方と厚顔無恥な態度は、
今までも被害者女性を何人か、そんな風にして
心理的に追いつめてきたものではないかと、疑ってしまうほどです。

ほんの数回会っただけの女性を、泥酔した状態でホテルの自室に連れ込みますか?
それも本人ははっきりと、「駅で降ろしてください」と
タクシーの運転手さんに何度も言っているのに。

まずは医療機関に案内するのが常識ある大人のすることですし、
もし交通機関等の問題で最も近いのがホテルであったとしても、
ロビーで女性従業員など呼び、世話を頼んで、
医務室に案内してくれるよう指示することも出来たはずです。

鮨店でも、トイレで倒れていて従業員が中に入って鍵を開けたほどならば、
お店側の配慮で救急車を呼ぶことができなかったのでしょうか?
有名な高級鮨店のようですし。

今までも同店で、そういった目的で女性が連れ込まれ、
被害にあっていないのかと心配になります。

また、ホテルの浴室やトイレ、ベッド脇等に、緊急時にボタン一つで
外部に連絡できるシステムを義務付ける事も必要なのではないかと思いました。

警察内部での事件の再現の方法なども、女性警察官が少ないのならば、
せめて外部機関の女性保護施設のプロに任せて撮影のみをする等、
意図的に被害者にとって発言しやすいように変えていかなければ、
被害の記憶も新しく、怯えている女性にとって、男性に囲まれた状態では、
実際の被害の内容を口にするのもままならないのではないかと思います。

性犯罪の裁判の傍聴も、『マニア』という人々が
自由に入り込める環境で良いのでしょうか?
被害者側の要望で、性犯罪においては
傍聴を拒否できるシステムに変えることはできないのでしょうか?

そして何より、政府が圧力をかけて止めるべきだったのは、
山口氏への逮捕状の執行ではなく、
山口氏の『総理』という本の出版だったのではないでしょうか?

権力と圧力で、一人の女性の人生を傷つけ、
勇気をもってあげた声すら抹殺しようとした。

今ですら、いわれのない中傷で彼女を貶めようとする勢力がある。
それなのに、日本のメディアではほとんど報じられることもない。

救いなのは、今や逆説的に海外メディアからの
詩織さんへの取材が、世界的に報じられていることです。

どうやら今の日本では、『ジャーナリスト』は
『政府やスポンサーに忖度して報道するニュースを選ばざるを得ない人』のようですが、
伊藤詩織さんには、海外を舞台に、自由に真実を取材して報道する、
真のジャーナリストとして活躍を続けていただきたいです。

勇気ある、一人の女性の人生に幸あれ!





ここから先は、長いですが、
私の『 #MeToo 』体験を語らせていただこうと思います。



私は、級友の男子4、5人に突然押さえつけられて、
大嫌いな男の子と無理やりキスさせられた経験があります。

この本を読んでいる間、ずっと、「なんであんな事をされたんだろう」
「なんでこんなに長い間苦しまなければならないんだろう」
「なんで加害者側の彼らは、普通に恋愛や結婚をして人生を楽しんでいるんだろう」
そう思っていました。

本の内容を理解すると共に、自分の経験が
フラッシュバックしてずっと脳裏に浮かんでいたので。

たくさんの手が突然私を押さえつけた事、キスさせられた後の男のニヤニヤした顔、
恐怖と共に何が起こったのか解らなくて助けすら求める暇もなかったことが、
どうしようもない感覚として蘇ります。

未だにその大嫌いな男性が夢に出てくることもあるし、
そんな夢は決まって彼から逃げなければならない、悪夢です。


これは、私にとって現実に起こった出来事ですが、ここまで読んで下さった皆さんは、
私が何歳程度の年齢で起こった出来事として想像しましたか?

実は保育所での出来事です。おそらくは、私が3~5歳の頃。

なんだ、って思いましたか? たいした事はない、子供同士のいたずらだと。

でも私は、それからずっと、消えない男性不信と人間不信を抱えたまま生きています。


私の場合、祖父(故)や父が毎日のように祖母に怒鳴りつける人間だ(った)ということも、
男性不信や人間不信の原因でもあるので、この出来事だけがその理由ではないですが、
未だに癒えない心の傷の一つである事は確かです。


(ちなみに父は、97歳で痴呆の祖母に、今でも毎日怒鳴るような人間です。

子供の頃から怒ったり泣いたり無視したりと、彼がそういう事を止めるように訴えてきましたが、
他人からの懇願や怒りでは変われない人間もいるのだと、この数年でようやく諦めがつきました。
父は外面だけは(とくに女性には)良く、自分の立場や面子を守るためには平気で嘘をつく人間なので、
こんな話をしても父の友人・知人は信じないかもしれませんが。
私は長年、父の気まぐれで自分の都合しか考えない、暴力的な言動や態度に苦しめられてきました。

まあ大人になってから、祖母の性格にも問題点があり、父の子供時代など、
父の育ち方にも何か悪い影響があったのではと考えられるようにもなりましたが。

とにかく、小学校高学年の頃にはすでに
「自分はこの怒りやすい遺伝子を残してはいけない」と
自分が子孫を残すことに懐疑的に思っていたものですし、
もし私が結婚するんであっても、この人が愛する男性の父親になるのかと思うと、
何だか申し訳ないし、相手に対してどんな失礼な事を言い出すのかと、
怖くて紹介したくないという思いが未だにあります。

そいういう訳で、あまり他人には話せなかった理由で、
今でも恋愛や結婚に対する恐れがあるのですが、
これはまた別のお話なので、今回はこの辺で。)



アマゾンでの詩織さんの本の感想でも見られましたが、性的暴力に対して、
「減るものではない」、という男性側の意見もありますが、
そうした心の傷は何年、何十年たった後でも癒えない事があるのです。

私の件でいえば、当時の田舎の男の子たちは坊主頭や短髪の子が多く、
とくに加害者の男の子は猿やゴリラに似ていたため、
(外見についての悪口のようで申し訳ないですが、彼は小学校ではそういうあだ名でした。
そして、あの出来事の前から彼を嫌っていたのかどうかは思い出せません。)
未だに短髪の男性には恐怖を覚えますし、動物では唯一、猿やゴリラなどが苦手です。


心の一部が壊されれば、それから自分を取り巻く世界への反応が違ってきます。
道行く関係ない男性も、自分に好意を持ってくれる男性も、
その外見や特徴に加害者男性と同じ特徴を感じるだけで恐怖と警戒の対象になるのです。

それは現実の事象としても「人生を損している」、
もしかすると確かな友情や愛情を育めたかもしれない男性との
縁や恋愛・結婚経験の欠落として、確かに『減った』とは言えないでしょうか?

怯えから減った体験と人生の時間は、証明できなくても、
本来ならそこにあった人間関係や、人生の一部であったかもしれないのに。


また、「本気で抵抗すれば避けられたのではないか」という意見も見られますが、
強姦の上、殺された人たちにも同じ事を言えるのでしょうか?

もしそうなら、人類の歴史上、殺人の被害にあった全ての人間の魂にそう言って下さい。
「本気で抵抗すれば、あなたは殺されなかったんじゃないか?」と。

複数の人間に襲われる恐怖も、より力の強い人間に自由を奪われる恐怖も、
いっさい感じた事のない、かつ想像することすらできない人間の暴言だと、私は思います。


さて、話は戻りますが私にとって加害者であるこの同級生の男性。
田舎で人数も少ないため、小、中と同じ学校だったのですが……。

小学校の頃は、その後も何かと絡んできて、
その度に内心では怖い思いをしていました。

小学校に入学した当時の私は、「お人形さん」だの「チビ」だのと
(たぶん、押さえつけていた側の)男の子たち数人にからかわれていました。

それは本当に悲しく嫌な事だったため、母にお風呂で泣きながら相談したのですが、
「あなたが可愛いから、かまいたくなるのだ」というような事を笑いながら言われ、
その時に私は「誰も守ってはくれないのだ」と悟りました。

この時以降、自分が泣いていても相手がつけあがるだけだと学び、
少年漫画に載っているようなケンカ言葉も使うようになり、
男の子たちにいじめられる事はなくなりました。が。

小学校高学年の頃は田舎の人通りのない二人きりの帰り道で
「おっぱい見せて」とニヤニヤしながら言ってきた同級生の男の子もいましたし、
中学生の頃だったかもしれませんが、電話で「ぼくの×××舐めて」と言ってきた子もいましたね。
(さだかではないですが、声の聴きおぼえから、おそらく犯人は小学校のクラスメート↑)

女子高生の頃はスカートの長さの検査で太ももを触ってきた体育教師もいたし、
(ショックで泣いていたら、担任の男性教師に「情緒不安定」とレッテルを貼られました)
アルバイト先では上の役職の男性に、挨拶とともにお尻を触られたこともありました。

こういう事はいつも突然で、普段は良い人であるからこそ驚くばかりで、
一度の事で騒ぎ立てる事もおかしいのかもと、本人や周囲に
抗議などできずに、ただ黙って耐えるしかない出来事でした。

男性側は本当に軽い気持ちや、仲間同士での悪ふざけ、
一時的に欲求を満たせれば面白いとしか感じていないのでしょうが、
被害者側にとって、それらは屈辱的な記憶として加算されていくのです。


そして、例の加害者男性には、大人になってからの同窓会で再会しました。
顔も合わせず、なるべく関わらないようにしていましたが、それだけに油断していました。

畳の席で、ぺたんと座って女性同士で会話していたら、
後ろから突然、あの男に抱き上げられたんです。
それも、両方の太ももを抱えるような、子供におしっこをさせるような恰好で。

ズボンだったとはいえ、本当に心底恥ずかしく、数年ぶりにあった同級生の前で、
まったく予想をしていなかった恥をかかされました。

降ろされて振り向いた時に見た、相手のニヤニヤした顔は忘れられません。
同じだったんです、保育所で無理やりキスさせられた時と何も変わっていない。
こちらが恐怖に感じていることも、相手を嫌っていることも、通じていないようでした。

大人になった男性がそんな事をするはずがないと思い込んでいた自分を情けなく思います。
そして、彼が出席する同窓会には、今後いっさい出席しないことに決めました。
他の級友に会える喜びよりも、もう二度とあんな思いをしたくないという、
屈辱的で恥ずかしい気持ちが未だに消えないんです。

できれば今後の人生、彼にはもう二度と会わなくてすむように願っています。


ここではっきりしておきたいのですが、男性が女性全般に感じる性欲と、
女性が男性に感じる性欲は、まったく別のものなのです。


例として、食べ物で例えるならば、男性にとってある程度好みの女性の裸ならば、
おそらくですが性的対象として、だいたい全て嫌でも反応してしまう、
『好きな食べ物』『好物』という認識ではないでしょうか?

でも女性にとって、好きな男性、愛する男性は『大好物』であっても、
それ以外の男性に関する性的な事象はほとんど、『生ゴミ』くらいにしか思えないものなんです。
少なくとも私にとっては、そういう感覚です。

(お笑い芸人さん等、見せるためにプロとして作られた裸は『面白い』ですし、
モデルさんやボディビルダーの方などの見せるための筋肉は『美しい』と思いますし
好きですが、本当にパンツの中まで見たいとは思わないので、たぶんですが、
男性がグラビアアイドルさんへ感じている性欲みたいなものとは別のものですね。)


ましてや、嫌いな男性なら、『生ゴミ』どころか『汚物』みたいな感覚です。

つまり、例えば道で突然裸を見せるような男性は、
人の眼前に生ゴミか汚物をぶちまけているに等しいんです。

ひょっとしたらやっている方の男性はそれで性的な興奮を覚えているのかもしれませんが、
女性側としてみれば、意味が解らない暴力的な人間の出現であり、恐怖の対象でしかないんです。


男性の皆さんも一度、自分の感覚として想像してみて欲しいんです。

ある日暗い夜道を歩いていたら、目の前に突然、自分の人生の中でも許せない、
法が許すのなら殺しても飽き足らないくらいの憎い人間が(複数)現れて、
自分の前に生ゴミや汚物をぶちまける姿を。

恐怖から、「下手に逆らわない方が良いかもしれない」と動けなくなっていたら、
抵抗する間もなく殴られ蹴られ、凄惨な暴力を受けたのちに、
生ゴミや汚物を体中に塗りつけられ、無理やり食べさせられ、
裸にされて、それらをありとあらゆる穴に詰め込まれる。

そんな状態で、性的な興奮や喜びを感じる人が、全人類の中でどれだけいるでしょうか?

その上その姿をののしられ、笑われ、写真や動画に撮られて、ネットに拡散される。
それが自分だとして、「事故にあったみたいなもの」「犬に噛まれたと思って」、
いつか忘れることができますか?

十年、二十年で自動的に癒える心の傷だと思いますか?

その上、「あなたにも隙があったのではないか?」
「襲われるような恰好をしていたのではないか?」
「左翼だから」「日本人ではないから」「過去の異性関係が問題」などと、
ありもしないデマと共に流されて半永久的にネットで拡散されていったら、
そんな毎日に耐えられる人間がどれだけいるでしょうか?

『減りはしない』ことで、自殺にすら追い込まれる側の気持ちが、
ほんの少しでも想像できませんか?

最初に『自分の人生の中でも許せない、法が許すのなら
殺しても飽き足らないくらいの憎い人間が(複数)』と前置きしたのは、被害者にとっての
加害者が、その後の人生においてそのくらい嫌悪する存在になるからです。


痴漢や、性犯罪者の男性には、『認知の歪み』があるそうです。

『相手の女性も楽しんでいた』『抵抗しないのは女性も受け入れているから』等、
恐怖から動けない、声もあげられない女性側の気持ちを、
自分の都合良く、曲解してとらえるような心理状態です。


大人になってから、電車で隣に座っているサラリーマンの男性の肘が、
ずっと胸にあたっていたことがありました。
腕で押し返していたんですが、終点に着くまでずっとやめてくれなかった。

当時は何も言えなかったんですが、ひょっとしたら、胸にあたっているのに気が付いてなくて、
腕の押し合いというか、相手にとっては場所の取り合いのように思っているのかもしれないと、
隣りに座っている男性に気を使ってしまったところもあったんです。

あの時の私は、彼が痴漢だと断定して、
「胸に肘が当たって痛いので、やめてくれますか?」 と、
周りに聞こえるような声で言った方がよかったのでしょうか?


最近もニュースになりましたが、モデルとしてスカウトされたにも関わらず、
アダルトビデオに無理やり出演させられた女性も、
男性スタッフから「何人もの生活がかかっているから」と説得され、
「義務感、責任感から」仕方なく出演してしまったとおっしゃっていました。

女性は、そんな状況でも同じ人間として、相手の状況や心理を
おもんばかる性質があるのだと思います。

男性側も、女性も同じ人間だと、あなたと同じように
酷い事をされれば傷つく、嫌な事をされれば何年でも心に傷をおう、
生身の人間だと、自然に理解してもらえるようになって欲しいのです。

欲望を感じたら、そう一歩距離を置いて、考えるくせを付けてほしいのです。


アダルトサイトやゲームや漫画などで、どれだけ女性が都合よく描かれていても、
現実はそれとはまったく違うものだとしっかり認識してください。

もしそれが任侠ものの映画やゲームだったら、いくら自分が強くなったような気になっていても、
街に出て実際に反社会勢力のお兄さんにケンカを売ったりしないでしょう?

アダルト動画やゲームの世界も、それくらい現実とかけ離れた作り物で、
実際に同じことをしたら犯罪で、好きでもない男性にそんなことをされて喜ぶ女性は
一般的に日常での現実には、いっさいいないと、改めて、きちんと理解してください。

(すべての女性に特殊な性欲がないとは言いませんし、
プライドを持って性的なサービスを生業にしている方もおられるでしょうが、
そういう方たちにはそういう大人の出会いの場所があるでしょうし)


そして今の日本の規制のない状態を、どうにかできないものでしょうか?

アダルトサイトの視聴にはマイナンバー登録が必要だとか、
アダルトゲームや漫画の広告掲載もそういうサイト内に限る等、
大人になってから自分で探し出して楽しめば良いものは、
せめて子供たちの目に触れないですむような心遣いができないものでしょうか?

性的虐待や性犯罪の被害者になった女性や男性にとっても、
そういった広告はトラウマが刺激されるものだと思いますから。


ネット上で嫌でも目にする動画広告や、ゲームや漫画の広告等、
それに悪い影響を受けて、「女の子にこういう事をしてもいいんだ」
「こうすれば女の子は喜ぶんだ」と、勘違いして育つ子供たちがいないと誰が言えますか?

大人の男性でも、少なからず悪い刷り込みとして影響を受けているのに。


私は子供時代に子供たちからされたことで、大人になった今でも深く傷ついています。
人生の初期に負わされたトラウマのショックは、消そうと思って消えるものではないんです。

大げさに聞こえるかもしれませんが、誰にでも子供の頃に味わった恐怖から
嫌いになったものの一つや二つはあるのではないでしょうか?

お母さん、お父さんがたも、冗談や誇張ではなく、本当に子どもたちに教えてあげてほしいんです。
女の子は優しく、親切にあつかうものだよって。自分がされて嫌なことはしちゃいけないんだよって。

女の子も男の子も、年齢にあった身を守る術と、おかしな男の子や大人の行動に直面したら、
失礼だと思わず、その場からすぐに逃げても良い事、周囲に伝えたり、叫んだり怒っても良い事を。

知らないところで、自分のお子さんたちが誰かを傷つけ、傷つけられているのかもしれないのですから。




最後に、記者会見で詩織さんが着ていたシャツについて。

私が詩織さんを見たときの印象は、お化粧気のない顔、
それもまっすぐな眼のイメージしかなかったので、何を着ていたかまでは覚えてないのですが……。

(そもそも驚くべきことに、一度、しかもほんの数秒~数分しかニュースでその映像を見たことがないのですが。
マスコミ報道のほぼ完全な規制には本当に驚きます。アダルト広告もこれくらい規制されればいいのに。)

被害者女性は一生ガチガチに隙なく固めた服しか着てはいけないんでしょうか?
シャツの第二ボタンまで開けるのはごく普通のファッションですよね?

それすら強制されるのなら、そんな心の自由までも奪っていることになりませんか?

参考までに、下記の記事もご紹介しておきます。

「レイプされた時、あなたは何を着ていた?」 性暴力と服装の相関関係を問う、アメリカ大学の展覧会


ちなみに、保育所で私が着ていたのはみんなと同じく、
普通に子供たちが着る紺色の制服ですよ。

そろそろ、恥じるべきなのは被害者ではなく、
加害者の方だと、世界的に心理の逆転が起きるべきですよね。
それは本当に当たり前の事なのだけれど。


性被害者の中には、今後また同じ被害にあわないよう、
身を守るためにあえて太ろう、美しさを隠そうという心理になる女性もいるそうですし、
また、詩織さんのように若く美しく聡明な女性でも、心に傷を受けた女性もいます。

暴力的な態度や発言をする女性も、それが身を守るために身に着けた、
彼女にとって唯一の方法なのかもしれません。

恋愛や結婚も、する・しない、できる・できない等、
年齢や見た目で簡単に判断されない社会になってほしいと願うのは、
自分も他人には簡単に言えない問題を心に抱えているからです。

何も知らない加害者側のご両親から見れば、私もひとりの
「適齢期になるのに結婚もできない女性」と思うかもしれませんが、
「自分の息子が子供の頃に傷つけた女性」とはきっと気が付かないでしょう。

もちろん自分も、これから心から信頼できる男性に出逢えれば、恋愛や結婚をしたいとも思いますし、
酷い被害を受けた方でも、素晴らしい出会いや伴侶に恵まれて幸せな方もいらっしゃると思います。

見た目や肩書で相手を決めつける前に、思いやりをもった目で見てみて欲しいんです。
その人の人生に起こった出来事は、その人にしか解らない事なのだから。


ここに書いたどの件も、親にも友人にも一言も話していない出来事です。
今回初めて、言語化し、文章にしたお話です。

保育所の時には、起きた事を言語化する力がなかったですし、
小学校一年生の時に母にも理解されないと思い込んでからは、
誰かに相談するという事も意味がないと思っていましたから。


どんな事も、まず被害者として自分や家族の身に起こった事だと仮定して
考えてみることから、より平和で愛に満ちた世界になってゆくと思うのです。


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